管理人の山歩き

サイト管理人のブログです。

 見慣れた山野草、飛び交う虫、時には目の前に突然現れる動物たちが迎えてくれる。ふるさと竹之高地が好きで、還暦になっても山歩きをしています。特に春山を好んで歩いています。
 その昔、この地でも雪割り草が咲いていたと聞き、早春の山歩きを始めました。いまだにこの地で見たことのない雪割草を求めて春山を歩いています。

竹之高地の昔

竹之高地のなりたちを考察
 竹之高地は400年前の戦国時代の落人が移り住んだ隠れ里とされている。周囲を山に囲まれて、他から人を寄せ付けない地形であったからここに根を下ろしたのだろうと推測する。
 戦国の落人の武将が5人の家来を連れて探したこの外界から遮断された隠れ里に住み着いた。武将と家来だけではなくその家族も含めて総勢10人はいたと思う。うっそうとした木々を切り倒して家を建てて、斜面を削り畑を作り、水のある所には水田を作り、自然の動植物を生きるための食料としたと思う。自給自足の生活で何とか生き延び、冬は豪雪の中でじっと耐え忍んで、子孫を残して来た。平らな土地が少なく山の形に添った細長い段々田んぼが多い。畳一枚の小さな田もあった。昭和の時代まで開墾は続いた。
 時代は過ぎ、いつのころからか隠れ里の意識が薄れて、南側は高龍神社の山側から蓬平・濁沢へ、東は萱峠から山古志村種須原へ、北は南蛮峠から柿町への山道を作り、物資を運び人の往来ができ、周囲の村と交流が始まった。
 昭和30年ころまで、長岡に行くには、南蛮峠から柿町に行くのが一番近かったという。小生の母親は長岡からの帰りが遅くなって暗くなり、雨が降ってきたので「割れ石」に一晩泊まったと言う話を聞かせてくれた。
 昭和30年ころには60軒、300人が暮らす集落となった。人口は増えていったが若者の働く場所もなく徐々に町に働き場を求めて村を出てい行くようになった。昭和40年ころ車の通れる道路が開通した。車が竹之高地に入ってきて利便性が良くなり、一家での引っ越しが始まり家と住民が加速的に少なくなった。中越地震前に10軒17人ほどに減り、地震後は住民が1人となった。
 地震後に道路が拡幅され、長岡駅から15km、車で30分ほどで来られるようになった。冬も除雪されいつでも不動社社務所まで入れる。ただし「落人の里」である竹之高地はおいどまりの集落であり、集落を過ぎればいきなり山道となる。夏でも山越しは危険で、雪が降れば当然通行止めとなる。登ってきた道路を引き返して帰るしかない。

 竹之高地のなりたちの詳細については 原刀利松先生著「たけんかうちの話」をご購入下さい。社務所においてあります。

 

 写真は昭和55年(1980年)撮影の 航空写真を引用 

 赤いトタン屋根が目立つ、家屋は33軒はあったと思う。右上に杉の木に囲まれた旧不動様社殿(赤い屋根)が見える。

 

 

2023年2月24日

道路両側の雪の壁がなくなった

2023-02-23 積雪240cm

 今朝の新雪は35cmであった。小屋の周りと小屋前の新雪を除雪をして一服。

 今日は竹山館(ちくざんかん)の自然落下で落ちた雪の除雪が入った。玄関まで除雪をすると言って、朝からバックホーで6mもある雪の山にチャレンジして、なかなか重機でも大変な量で今日は終わらなかった。明日もう一日来て終わらせると言っていた。隣の人もスコップで玄関までの道のりを除雪していた。もうひとり、村の中ほどの小高い家「徳左衛門」の人も来て今日から除雪を始めると言って入っていった。 明後日(2/25)の百八灯のため、開祖の牌の除雪と不動社社務所前の除雪も昨日までに終わっていた。晴れて暖かく、春がすぐそこまで来ているみたいで皆さん頑張っている竹之高地である。

(上)写真は2023.02.23 14:10頃 撮影 社務所前の駐車スペースから猿倉岳が綺麗に眺望できた。

(中)写真は2023.02.23 13:10頃 撮影 隣の人が駐車スペースを確保しようと除雪している。

 竹之高地までの道路は両側の2m以上の雪の壁が崩され、排出されていた。道路脇の斜面の雪も10mアームのバックホーで崩されて排出されており、車道への雪崩の危険がほとんどなくなった。おおまがりの難所も広く除雪されていて車がすれ違いできる幅まで確保され、車での通行がしやすくなった。

 

(下)写真は15:30頃 撮影 おおまがりの除雪状況、十分な広さが確保され、雪の壁も1mまで下げられ、車からの視界が広がった。

 小生は「かまくら」を作ってみようと小屋前から道路に向かってトンネルを掘り出した。雪は固くなかなか掘り進まず、夕方までかかって2mしか進まなかった。明日は会社を休んで頑張ってにようと思って、竹之高地を下りた。(遊びのために会社を休んで良いのかな?)

 2023.02.25 字句の修正

 

 

 

 

2023年2月23日

大雨による豪快な不動滝

2023-02-19 積雪215cm

 昨日まで除雪した小屋の前に軽トラックを駐車した。今日改めて測ってみたら幅6m、奥行10m以上もあった。軽自動車であれば3台は駐車できる。自分ながらによくぞここまで除雪したものだと感心した。

不動滝 2023.02.19 10:30頃 撮影

 昨日からの大雨と気温上昇により雪解けが進み、村の川が増水し、豪快な不動滝となっていた。早春限定の不動滝である。夏の渇水期の10倍以上あり、滝壺がわからなくなるほどの水量で下側に水しぶきが見える。雪解け水は雪崩によって山肌が削られ土砂を含み、川の水は茶色く濁っている。「ゴー」という音を聞きながら見ていると、自然の力はすごいと思う。今日は雨で山全体にもや(霧)がかかり写真撮影の条件は良くない。これから先は晴れて暖かい日にも豪快に水が落ちる不動滝を見ることができる。

ふきのとう 2023.02.19 10:50頃 撮影

 不動滝の様子をを見て道路の反対側の崖を見上げるとなんと小さなホーキント(ふきのとう)が5個芽を出していた。旧不動様の敷地であるから春一番のものは採らず、まず神様から食していただきたい。写真に収めるにとどめた。そこまで春が来ているのだと感じた。

 雨が降り止まず何もできずお昼過ぎに山を下りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年2月19日

小屋前の除雪完了

2023-02-18 積雪225cm

 今朝、竹之高地に着いたときの気温は+2℃、お昼には+12℃まで上がり暖かい日であった。

 午前は晴れていたが、昼休憩中に雨が降りだした。それでも小屋の前の除雪をひと区切りつけようと夕方まで頑張り、15日と今日で小生の目標は達成した。先日掘ったのはある程度柔らかな雪だったが今日は本当に硬かった。雪に切り込みを入れるのに朝から角スコップでやったから腕と肩が痛い。おまけに雨は降り止まずカッパを着ての作業だったので汗ビッショリとなった。

 午前中は天気がよく暖かく、入れ代わり立ち代わりに仲間がお茶話をしに訪ねてきてくれた。訪ねて来た口の悪い仲間は「こっげ早からべと(土)出してどうするが―や、まだ2月だぞ」と冗談半分で叱咤激励してくれた。「ありがとう」と活力を頂いた。もうこの先そんなに多くの雪は降らないだろう。写真奥の一番雪のあるところは285cmもあった。スノーダンプが小さく見える。

 写真は2023.02.18 15:30頃 撮影 小屋の前の除雪が終わった。

 来週25日(土)は不動様の百八灯だ。

 再来週は3月となる。いよいよ春となり、ホーキント(ふきのとう)を探し、カタクリを見つけに山歩きをする季節が来る。

 

 

 

2023年2月18日

凍み渡りで山に登りたい

早春の山歩き 凍み渡り(今年はまだチャンスなし)

「凍み渡り=しみわたり」 初雪が降ってからというもの、数えるほどしか青空を見ることは無く、 厚い雲と深い雪に閉じ込められる竹之高地の冬ですが、3月になって寒さが緩み、雪の表面がざらめのようになるこの季節、よく晴れた厳寒の朝、放射冷却でざらめ雪の表面が氷結し固まる。 陽が高くなり暖かくなるまでの数時間だけだが。 大人でも潜らず、どこでも歩け、飛び跳ねても潜らず、 雪がカチカチに固まる(締まる)。この状態の雪上を歩くことを「凍み渡り」という。雪国の春の風物詩だ。

桜平より大フキロ沢、丸山、大峰山を望む  2018.03.04撮影

 凍み渡りは冬の間なまった体を鍛え直すため、春の畑・池の作業の準備に雪上を歩き、体力つくりの一貫と考えている。今年は久しぶりに凍み渡りで山に登りたいがまだ早い。ここ4年間は仕事、個人的な都合等々の事情により凍み渡りで山に登ることができず、過去に行った時のことを思い出し書いてみた。凍み渡りの良いところは夏山よりストレートに山に登ることができ、時間はかからず、低木・若木が雪の下に埋もれているので、ルートが限られてないから、自由にその場でルートが選べる。ただし、里山といっても春山で雪上を歩くので危険な場所(雪庇、雪崩、滑落等)はたくさんある。雪山に限らず、山歩きは全て自己責任であることを肝に銘じてほしい。

 

【初心者コース】 家族と桜平(さくらだいら)にゆく 2018年3月4日 晴れ

「桜平」山頂の変形木  2018.03.04撮影

「マンサク」の花 全開で1cmくらいの黄花

 (2018.03.04「春の山歩き」にも掲載、今回は視点を変えて書く)前の日から準備、明日は早く山に行くぞと早く寝た。朝起きて家族を急き立て、6時半出発予定が7時を過ぎてから竹之高地に向かった。風はなく快晴の良い日となった。カチンコチンの凍みた状態ではなかったが、8時過ぎに桜平を目指して社務所から登り始めた。小生が先頭を歩いて雪の割れ目を避けて後ろを振り返ると、妻がもう休んでいた。運動不足の主婦にはきついか、そこへ行くと子供たちは元気についてくる、さすが我が子と思った。ペースを落として登り、東山農園あたりから春の暖かなお日様に照らされ雪は緩み始め長靴が雪に潜り始めた。登り始めて30分が経ったころから妻はだいぶ遅れている。声をかけに戻って、様子を見たが限度みたいなので、飲料水を渡して、南方が開けている平らな場所で待っているように伝え、おいていくことにした。子供のところに戻って見れば、マンサクの黄色い花を見つけて写真撮影をしていた。マンサクは桜平の山頂より8合目から9合目あたりでよく見れる。

 雪上1時間で頂に到着。山頂からは見晴らしが良くなった。東に枡形山(ますがたやま)のブナ林が見え、南東方向に猿倉岳(さるくらだけ)、南は遠くにうっすらと越後三山が眺望できる。南西側には竹之高地で一番急勾配のフキロ沢が見えてその山頂に丸山(竹之高地での通称)、峰続きで大峰山(おおみねさん)が見える。北西には五箇山(ごかやま)が見える。桜平は周りの山より標高が低いため、長岡市内も蓬平も、竹之高地集落も見ることができない。山頂は冬期間風が強いため、曲がった樹木が多く、2本が絡み合ったものや水平に曲がったものもある。山はも鬱蒼とした雑木林となっている。ここ桜平はこの時期の雪上で凍み渡りで訪れるのが最高だと思う。

 1時間程山々を眺め、休憩して下山をした。途中マンサクを見て、元気を取り戻した妻と合流して、ふきのとうを探しながらゆっくりと下り、社務所脇の駐車場まで来た。11時を過ぎていた。今日は3時間の散策であった。ちなみにふきのとうが5個(初物)採れた。今晩のおかず、春の香りがしてきた。

 

【中級者コース】 大峰山に登る 2018年3月11日  晴れ

 (2018.03.11「春の山歩き2」にも掲載、今回は視点を変えて書く)7時20分不動様にお参りして、一本杉の脇から杉林の中を登っていく。カメラを1台は首から下げて、もう1台小さなデジカメをポケットに入れて、リュックの脇ポケットにペットボトルを2本、後ろポケットにはサンドイッチとアンパンを入れて、かんじきをぶら下げて、手にはストックを持つ。帽子と手袋とヤッケはリュックの中にいれ、首にはタオルを巻いて、いつも履きなれた長靴でのいでたちである。

 不動様から杉林を抜けるまで約150mで45°くらいの急傾斜面を登り、昔の田んぼまで一気に登ると息が切れる。とりあえず一回目のお茶タイムとなる。そこから緩やかな上り坂を歩く、200mも行くとマンサクの花が満開であった。この大峰山

(大フキロ沢の上)丸山より桜平、枡形山を望む  2018.03.11撮影

ルートは山頂までいたるところにマンサクの黄色の小さなを見つけることができる。雪面は先週とは違いカチンコチンである。先ほどの急斜面とは違い足取りも軽くなり、周りを見る余裕が出てきた。東に桜平、枡形山、猿倉岳、南に山古志・虫亀の向こうに越後三山、金倉山(かなぐらさん)、北に鋸山(のこぎりやま)が見えてくる。竹之高地集落は見つけることが難しい。丸山頂上近くなると右側は急な崖・大フキロ沢(通称)となり、雪面の先まで出ると雪庇となっていて危険、注意が必要だ。端っこには絶対に近寄らないこと!

 丸山から大峰山まで峯づたいに歩くが両脇とも断崖絶壁が続く、最大の難所である。大峰山まで来ると西側も眺望が良くなり、遠くに米山、弥彦山、運がよけれだ日本海、佐渡島まで見える。又、大峰山の南側の崖下に200mほど降りたところにその昔、村松城の狼煙(のろし)砦があったとされる。小生が若かりし頃に2度ばかり見学に行った。杉林に囲われ石垣があり、湧水もあったと記憶している。村松城は大峰山の西側の村松町にあり、頂上との中間ぐらいの標高に位置している。大峰山に登るのに村松からのルートと小生が登る竹之高地側からのルートがある。村松からは急斜面の連続で標高差700mを一気に登る。雪解けを待って、5月中旬以降の時期が良さそうだ。

 不動様から1時間の行程で山頂到着、天気もほどよく気持ちよく登れた。早朝に雪が舞ったので、途中動物の足跡を見つけてヤマドリ、うさぎ、イタチがつい先ほどここを通ったのだと周りをキョロキョロ見たが本体は見ることができなかった。

 今日は先客がいた。無線愛好家で、ここでは電波の状態がよくいろんなところの人と話ができるそうだ。しばしお話をして、山を降りた。先週と同じ3時間の凍み渡りとなり、かんじきも不要だった。

 過去の投稿も覗いてみよう。この年は次の週の3月18日は南蛮山(なんばんやま)に凍み渡りで登っている。休みと凍み渡りができるタイミングが良かった年だった。

 

 写真は大峰山から西側をパノラマ撮影 左に米山、右に弥彦山を撮ったつもりだが、うっすらとしてよく見えない、肉眼では見えていた。

 

 

 

 

 

 今年は待ちきれず、天気の良かった2月12日にかんじきで南蛮山に登ってきました。でもかんじきは疲れる、凍み渡りが良い。

 

 

2023年2月15日